ひのきとひなげし一覧
ひのきとひなげし1
ひのきとひなげし2
ひのきとひなげし3
ひのきとひなげし4
ひのきとひなげし5
ひのきとひなげし
ひのきとひなげし5
「さうぢゃあないて。おまへたちが青いけし坊主のまんまでがりがり食はれてしまったらもう来年はこゝへは草が生えるだけ、それに第一スターになりたいなんておまへたち、スターて何だか知りもしない癖に。スターというのはな、本統は天井のお星さまのことなんだ。そらあすこへもうお出になってゐる。もすこしたてばそらいちめんにおでましだ。さうさうオールスターキャストといふだらう。オールスターキャストといふのがつまりそれだ。つまり双子星座様は双子星座様のところにレオーノ様はレオーノ様のところに、ちゃんと定まった場所でめいめいのきまった光りやうをなさるのがオールスターキャスト、な、ところがありがたいもんでスターになりたいなりたいと云ってゐるおまへたちがそのままそっくりスターでな、おまけにオールスターキャストだといふことになってある。それはかうだ。聴けよ。
あめなる花をほしと云ひ この世の星を花という。」
「何を云ってるの。ばかひのき、けし坊主なんかになってあたしら生きてゐたくないわ。おまけにいまのおかしな声。悪魔のお方のとても足もとにもよりつけないわ。わあい わあい おせっかいの おせっかいの せい高ひのき」
けしはやっぱり怒ってゐます。
けれども、もうその顔もみんなまっ黒に見えるのでした。それは雲の峯がみんな崩れて牛みたいな形になりそらのあちこちに星がぴかぴかしだしたのです。
ひなげしは、みな、しいんとして居りました。
ひのきは、まただまって、夕がたのそらを仰ぎました。
西のそらは今はかゞやきを納め、東の雲の峯はだんだん崩れて、そこからもう銀いろの一つ星もまたゝき出しました。
ひのきとひなげし4
「あの、ひなげしは手前どもでございます。どなたでいらっしゃいますか。」
「さう、わしは先刻伯爵からご言伝になった医者ですがね。」
「それは失礼いたしました。椅子もございませんがまあどうぞこちらへ。そして私共は立派になれませうか。」
「なりますね。まあ三服でちょっとさっきのむすめぐらゐといふところ。しかし薬は高いから。」
ひなげしはみんな顔色を変へてためいきをつきました。テクラがたづねました。
「一体どれ位でございませう。」
「左様。お一人が五ビルです。」
ひなげしはしいんとしてしまひました。お医者の悪魔もあごのひげをひねったまゝしいんとして空をみあげてゐます。雲のみねはだんだん崩れてしずかな金〔きん〕いろにかゞやき、そおっと、北の方へ流れ出しました。
ひなげしはやっぱりしいんとしてゐます。お医者もぢっとやっぱりおひげをにぎったきり、花壇の遠くの方などはもうぼんやりと藍いろです。そのとき風が来ましたのでひなげしどもはちょっとざわっとなりました。
お医者もちらっと眼をうごかしたやうでしたがまもなくやっぱり前のやうしいんと静まり返ってゐます。
その時一番小さいひなげしが、思い切ったやうに云ひました。
「お医者さん。わたくしおあしなんか一文もないのよ。けども少したてばあたしの頭に亜片ができるのよ。それをみんなあげることにしてはいけなくって。」
「ほう。亜片かね。あんまり間には合はないけれどもとにかくその薬はわしの方では要るんでね。よし。いかにも承知した。証文を書きなさい。」するとみんながまるで一ぺんに叫びました。
「私もどうかさうお願ひいたします。どうか私もさうお願ひ致します。」
お医者はまるで困ったといふやうに額に皺をよせて考えてゐましたが、
「仕方ない。よからう。何もかもみな慈善のためぢゃ。承知した。証文を書きなさい。」
さあ大変だあたし字なんか書けないわとひなげしどもがみんな一諸に思ったとき悪魔のお医者はもう持って来た鞄から印刷にした証書を沢山出しました。そして笑って云ひました。「ではそのわしがこの紙をひとつぱらぱらめくるからみんないっしょにこう云ひなさい。
亜片はみんな差しあげ候と、」
まあよかったとひなげしどもはみんないちどにざわつきました。お医者は立って云ひました。
「では」ぱらぱらぱらぱら、
「亜片はみんな差しあげ候。」
「よろしい。早速薬をあげる。一服、二服、三服とな。まづわたしがこゝで第一服の呪文をうたふ。するとここらの空気にな。きらきら赤い波がたつ。それをみんなで呑むんだな。」悪魔のお医者はとてもふしぎないい声でおかしな歌をやりました。「まひるの草木と石土を 照らさんことを怠りし 赤きひかりは集い来てなすすべしらに漂へよ。」
するとほんたうにそこらのもう浅黄いろになった空気のなかに見えるか見えないやうな赤い光がかすかな波になってゆれました。ひなげしどもはじぶんこそいちばん美しくならうと一生けん命その風を吸ひました。
悪魔のお医者はきっと立ってこれを見渡してゐましたがその光が消えてしまふとまた云ひました。
「では第二服 まひるの草木と石土を 照らさんことを怠りし 黄なるひかりは集い来てなすすべしらに漂へよ」
空気へうすい蜜のやうな色がちらちら波になりました。ひなげしはまた一生けん命です。
「では第三服」とお医者が云はうとしたときでした。
「おゝい、お医者や、あんまり変な声を出してくれるなよ。こゝは、セントジョバンニ様のお庭だからな。」ひのきが高く叫びました。
その時風がザァッとやって来ました。ひのきが高く叫びました。
「こうらにせ医者。まてっ。」
すると医者はたいへんあわてゝ、まるでのろしのやうに急に立ちあがって、滅法界もなく大きく黒くなって、途方もない方へ飛んで行ってしまひました。その足さきはまるで釘抜きのやうに尖り黒い診察鞄もけむりのやうに消えたのです。
ひなげしはみんなあっけにとられてぽかっとそらをながめてゐます。
ひのきがそこで云ひました。
「もう一足でおまへたちみんな頭をばりばり食はれるとこだった。」
「それだっていゝじゃあないの。おせっかいのひのき」
もうまっ黒に見えるひなげしどもはみんな怒って云ひました。
ひのきとひなげし3
「あ、これは。えゝ、一寸おたづねいたしますが、美容院はどちらでせうか。」
「さあ、あいにくとさういふところ存じませんでございます。一体それがこの近所にでもございませうか。」
「それはもちろん。現に私のこのむすめなど、前は尖ったおかしなもんでずゐぶん心配しましたがかれこれ三度助手のお方に来ていたゞいてすっかり術をほどこしましてとにかく今はあなた方ともご交際なぞ願へばねがえるやうなわけ、あす紐育に連れてでますのでちょっとお礼に出ましたので。では。」
「あ、一寸。一寸お待ち下さいませ。その美容術の先生はどこへでも出張なさいますかしら。」
「しませうな」
「それでは誠になんですが、お序での節、こちらへもお廻りねがへませんでせうか。」
「さう。しかし私はその先生の書生といふでもありません。けれども、しかしとにかくさう云ひませう。おい。行かう。さよなら。」
悪魔は娘の手をひいて、向ふのどてのかげまで行くと片眼をつぶって云ひました。
「お前はこれで帰ってよし。そしてキャベヂと鮒とをな灰で煮込んでおいてくれ。ではおれは今度は医者だから。」といひながらすっかり小さな白い鬚の医者にばけました。悪魔の弟子はさっそく大きな雀の形になってぼろんと飛んで行きました。
東の雲のみねはだんだん高く、だんだん白くなって、いまは空の頂上まで届くほどです。
悪魔は急いでひなげしの所へやって参りました。
「ええと、この辺ぢゃと云はれたが、どうも門へ標札も出してないといふやうなあんばいだ。一寸たづねますが、ひなげしさんたちのおすまひはどの辺ですかな。」
賢いテクラがドキドキしながら云ひました。
ひのきとひなげし2
「あら、いくらスターでなくってもあなたの位立派ならもうそれだけで沢山だわ。」
「うそうそ。とてもつまんない。そりゃあたしいくらかあなたよりあたしの方がいゝわねえ。わたしもやっぱりさう思ってよ。けどテクラさんどうでせう。まるで及びもつかないわ。青いチョッキの虻さんでも黄のだんだらの蜂めまでみなまっさきにあっちへ行くわ。」
向ふの葵の花壇から悪魔が小さな蛙にばけて、ベートーベンの着たやうな青いフロックコートを羽織りそれに新月よりもけだかいばら娘に仕立てた自分の弟子の手を引いて、大変あわてた風をしてやって来たのです。
「や、道をまちがへたかな。それとも地図が違ってるか。失敗。失敗。はて、一寸聞いて見やう。もしもし、美容術のうちはどっちでしたかね。」
ひなげしはあんまり立派なばらの娘を見、又美容術と聞いたので、みんなドキッとしましたが、誰もはづかしがって返事をしませんでした。悪魔の蛙がばらの娘に云ひました。
「ははあ、この辺のひなげしどもはみんなつんぼか何かだな。それに全然無学だな。」娘にばけた悪魔の弟子はお口をちょっと三角にしていかにもすなほにうなづきました。
女王〔スター〕のテクラが、もう非常な勇気で云ひました。「何かご用でいらっしゃいますか。」
ひのきとひなげし1
ひなげしはみんなまっ赤に燃えあがり、めいめい風にぐらぐらゆれて、息もつけないやうでした。そのひなげしのうしろの方で、やっぱり風に髪もからだも、いちめんもまれて立ちながら若いひのきが云ひました。
「おまへたちはみんなまっ赤な帆船〔ぶね〕でね、いまがあらしのとこなんだ」
「いやあだ、あたしら、そんな帆船やなんかじゃないわ。せだけ高くてばかあなひのき。」ひなげしどもは、みんないっしょに云ひました。
「そして向ふに居るのはな、もうみがきたて燃えたての銅〔あかがね〕〕づくりのいきものなんだ。」
「いやあだ、お日さま、そんなあかがねなんかぢゃないわ。せだけ高くてばかあなひのき。」ひなげしどもはみんないっしょに叫びます。
ところがこのときお日さまは、さっさっさっと大きな呼吸を四五へんついてるり色をした山に入ってしまひました。
風が一さうはげしくなってひのきもまるで青黒馬のしっぽのやう、ひなげしどもはみな熱病にかゝったやう てんでに何かうはごとを、南の風に云ったのですが風はてんから相手にせずどしどし向ふへかけぬけます。
ひなげしどもはそこですこうししづまりました。東には大きな立派な雲の峰が少し青ざめて四つならんで立ちました。
いちばん小さいひなげしが、ひとりでこそこそ云ひました。
「あゝつまらないつまらない、もう一生合唱手〔コーラス〕だわ。いちど女王〔スター〕にしてくれたら、あしたは死んでもいゝんだけど。」
となりの黒斑のはいった花がすぐ引きとって云ひました。「それはもちろんあたしもさうよ。だってスターにならなくたってどうせあしたは死ぬんだわ。」